| 郷土史あれこれ |
上野の文芸同人誌
芭蕉を生み、若き日の横光利一を育んだ伊賀上野には、かつて「伊山の暁鐘」(明治30年創刊)や「初楓」(明治34年創刊)といった文芸同人誌があった。「初楓」の主宰者は奥瀬平七郎・元上野市長の父、平十郎(号霞翠)で、徳田秋声の門下だった人。
くだって昭和8年1月創刊の「郷土」がある。屋根葺職人でクリスチャンだった松井三郎が主宰。月刊誌で紙齢32号を数えたが、同10年5月に廃刊。しかし、当時文壇の頂点にいた横光や賀川豊彦から原稿が寄せられるほどの実力誌で、横光の文芸講演会などを企画(結果的に中止に)、水谷春夫(奥瀬平七郎)が「続伊賀越惨記」を連載した。
戦後間もなく岸宏子が編集長となって「山望」(中市弘発行)が発刊されたが、横光追悼号の第3号を以って終刊。同じ頃、疎開で上野へ来ていた羽仁新五を中心とした回覧同人誌「パルナッスの丘」があった。続いて昭和24年7月に好川貫一が「関西派」を創刊。山口誓子、中勘助、澤成樹、奥瀬平七郎らが執筆。好川は三重三中(現上野高校)の第一号英語教師として赴任してきた牧師・二一の子で、辻潤らと親交があったが、四年前、95歳で召天した。澤は市公民館嘱託となり、「芭蕉さん」や「芭蕉」を作詞。今も芭蕉祭で歌い継がれている。二年間で5号を出し廃刊。 しばらくの空白ののち今岡晃人が「空間」を出し、ゼロの会が「市民」を、続いて現代の会が月刊「現代」(島名政雄発行)を出したが、「現代」は通刊13号で廃刊となった。
長い沈黙を破って、平成7年3月に創刊されたのが「伊賀百筆」。一年に二冊発行を目標に、北泉優子、吉村芳之、福田和幸、番條克治らが執筆。第10号記念号の発行を前に、山本茂貴・前芭蕉翁記念館長の『遺産と心』を臨時増刊として発行、評判となっている。