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世界こども博覧会
今年は上野市制60周年の節目の年。既に「市歌」の制定など、記念事業がスタートを切っているが、10周年の記念事業の目玉は「世界こども博覧会」の開催であった。
前年の昭和26年8月、中井徳次郎市長は市議会で博覧会の開催を提案する中で「損失の覚悟は約五百万円ぐらい」と説明。もちろん議員側からは「初めから損を考えて開催するのは如何なるものか」とクレームがついた。しかし、市長も負けずに「赤字覚悟で敢然とやるぐらいの意気込みが無いと、こんな大事業はできぬ。仮に役所が損をしても市民が儲ければよい」と応酬。最終的には「全員異議なし」で市長の提案が可決された。
9月10日に市、市議会、商工会議所などが結集して事務総局が設けられ、会期が27年3月15日から5月15日までの二か月間、会場は白鳳公園一帯と決定された。 12月17日、現地で起工式が行われ、忍術不思議館、国連平和館、世界探検パノラマ、ユネスコ子供館、野外演芸場などが続々と建設された。前売券は大人百円小人八〇円、沢しげき作詞中山晋平作曲のこども博の歌は、ビクターの服部淳子が歌って前評判をあおった。
開幕するや、野外演芸場には田端義夫、津村謙、川田晴久、林伊佐緒、小唄勝太郎、広沢虎造、天津羽衣らの芸能人が出演。なかでも5月5日に来演した天才少女歌手・美空ひばりは超目玉商品だった。「売店の屋根や桜の木も人で鈴なりの状態。この日の人出は八万人」と伊勢新聞がその日の賑わいを報道した。
期間中に人気を集めたのは、甲賀流14世を名のる藤田西湖の忍術実演で、のちの忍術ブームのきっかけとなった。また、飛行塔、ウォーターシュート、ボートなどの遊具のほか、NHK提供のテレビジョンは珍しさもあって人気があった。
最後に三日間会期を延長し市民に無料開放。入場者は30万人を突破。問題の収支は約八百四八万二千円の赤字、同時期に四日市や大阪、京都でも博覧会が開かれたことが影響した。