| 郷土史あれこれ |
上野市の市制記念事業
上野市は昭和16年9月10日に、県下6番目の都市として誕生。本年は60周年の記念すべき節目の年である。
市制施行後、節目の年には各種の記念事業に取り組んできた。昭和27年の世界こども博の開催は十周年記念事業。その評価はともかくとして、天才少女歌手、美空ひばりの来演は、未だに語り草となっている。
20周年記念事業は、上野公園に建てられた「市民会館」。この正式名称を知る人は少ないが、一般に「市営結婚式場」と呼ばれた建物で、ピーク時には年間三百六十組の挙式を行うほどの人気があった。
総工費約一千三百万円のこの建物は、今は市教委が適応指導教室(ふれあい教室)として活用している。
30周年では、近鉄上野市駅と市役所前を結ぶ「丸之内地下横断歩道」を建設。市民の交通安全対策と観光事業の伸長を図る目的で造られたが、これは今も便利な通路として、その評価が高い。
40周年の年は、不幸にも市が財政再建の途中で、大々的な周年事業を展開することが出来なかった。そこで、五つの愛(自然、人間、家庭、勤労、郷土を愛する)の精神を基本とした市民憲章を制定するに留めている。
財政再建を無事成し遂げた50周年では、「さらに未来へ」を合言葉に、各種のイベントを大々的に展開。なかでも総事業費約三十五億円をかけて完成した文化会館の建設は超目玉的な事業。同じく一大文化事業として「市史編纂事業」をスタートさせた。一方、一千万円余の制作費を要したといわれるイメージソング「愛が輝いているから」は、今や市民にその題名すら忘れられた存在となっている。
さて、本年度の60周年記念事業は、年度当初から各種イベントに「記念事業」の冠をつけて実施してきたが、目玉は何と言っても「市歌」の制定になるだろう。長く歌い継がれるものであって欲しい。