| 社長インタビュー |
上野印刷(株)の社長である中坂實宏さん
「誇り高き伊賀人であれ!」
―伊賀への思い入れが強くなったのは?
A 濱邊萬吉先生と沖森直三郎さんとの出会いです。私は父の仕事の関係で、実は大阪生まれなのです。しかし、戦争中の疎開で実家のある上野市に帰ってきて以来、幼稚園から中学卒業まで上野で過ごしました。大阪での記憶はありませんし、故郷と言えば上野です。高校、大学と京都で過ごし、大学卒業後しばらくして会社の都合で上野に帰ってこないといけなくなりましたが、はっきり言っていやいや帰って来たのです。帰ってきてからも、数年間は気持ちが沈んだままでした。しかし、濱邊萬吉先生と出会って、「伊賀には伊賀のよさがあるよ」と懇々と説かれるようになったのです。そして、濱邊先生を中心とした座談会「濱邊会」に入れて頂いて年長の方々と美術を中心に様々な話をし、文化というものに興味を持つようになりました。そして、沖森直三郎さんや山本茂貴さんに伊賀の歴史やよさについて教わり、帰郷時とは逆に、伊賀に誇りを持つようになったのです。
―何が一番誇れるでしょうか?
A やはり芭蕉さんですね。濱邊先生や沖森さんに芭蕉の偉大さを教わり、西行に憧れ、老荘思想を持った芭蕉の生き様に共感を憶え、俳句よりも人間芭蕉に興味を持ち、その芭蕉が上野出身であることに誇りを持つようになったのです。現在、世界的にも芭蕉は評価されていますし、芭蕉ほどの名句を残したのは芭蕉だけと言われるほどです。そのよさを理解せずに上野の文化は語れないと思います。間違いなく上野の核は芭蕉なのです。だからといって何でも芭蕉でいいのかと言えば、そうではありません。例えば、以前、市がマンホールの蓋にまで俳聖殿を描こうとしていたことがあったのですが、なぜ尊敬している存在を足踏みにされるところに描くのか、カリカチュアにするのかと思いました。今、北川知事も三重県を俳句の国をして世界に発信しようとしていますが、ならば芭蕉をしっかり理解して発信して欲しいですね。
―芭蕉以外には?
A 忍者も誇れると思います。忍者といえば、市長を務めたこともある奥瀬平七郎さんをおいて右に出る人はいないでしょう。奥瀬さんは忍者研究家としても有名な方で、講演依頼を受けては各地で忍者について語ってきました。その講演を聞いた人が上野に観光に来たのです。忍者屋敷をつくり、観光都市上野をつくった第一人者です。今、奥瀬さんほど忍者について語れる人が上野にいないのは、寂しいことです。
―伊賀の進むべき道は?
A 東京、大阪のような都会のまねではなく田舎のよさを売りにするべきだと思います。都会から上野に来る人は、田舎を味わいたいのですから。上野に来ても都会と同じものしかないのでは意味がありません。その土地の歴史、風土、文化があるのですから、その個性を感じてもらうようなまちづくりが必要です。伊賀には先ほど言ったような歴史や肉、酒、米、組紐など物産も外に誇れるものがあるのですから。それなのに自分達の「まち」をつくるのに、いろいろな人に意見を聞くことは必要だと思いますが、東京のコンサルタントにすべて依頼するのは的外れだと思います。私もそうでしたが、伊賀よりも伊賀の外のほうがいいと、伊賀の人は自虐的だと思います。市民一人一人が閉鎖的な意味ではなく、もっと地元に誇りを持ち地元を愛する心を持てば、アイデンティティーが生まれ、もっと魅力のある「まち」になると思います。そうなれば外から来た人は伊賀の個性を感じ「いいまちだな、また来よう」と思うと思うのです。そのために、私も若い時に20、30、40年長の先輩達から引き継いだ伊賀に対する思い入れを、今の30、40歳の人達に伝えていきたいと思っています。
濱邊萬吉…画家。帝展、文展、日展を通じて7回入選。沖森直三郎…全国的にも有名な古書籍商。伊賀郷土史研究会会長
山本茂貴…郷土史家。芭蕉翁記念館元館長。
| 中坂實宏さん上野市西大手町出身 同志社高校―同志社大学 昭和40年 上野印刷(株)入社同43年社長就任 |