社長インタビュー       

和菓子処(株)桔梗屋織居の社長中村英三氏

「歴史を知り伝統を守ることが、明日へつながる近道だと思う」

Q 和菓子づくりへのこだわりを聞かせてください?
―『菓子は「あん」からはじまる。いい「あん」をつくるにはいい材料、いい豆を使わなアカン』。昭和32年に私が桔梗屋に入った時工場の親方から最初に言われた言葉です。それが桔梗屋の和菓子であり伝統だと教わりました。そして、それを守っていくのが私の使命だと肝に銘じて現在に至っています。
Q 昔ながらの味を守っているということ?
―味ではありません。いいものを作りつづけるということです。好まれる味というのは時代と共に変わっていきます。今の菓子は昔に比べて甘さが控えめです。砂糖自体が昔と違って精選された砂糖を使っているので、昔ほど甘く作れないというのもありますが、時代の流れによるものが大きいと思います。
Q 芸能界の人にも顧客が多いと聞きましたが?
―10年程前に、ある芸能人が小豆憧風(あずきとうふう)を気に入ってくれて、それから口コミで芸能界に広まったようです。
Q 商売をしていく上で、大切なことは何ですか?
―先ほども言いましたが、まず第一に、いいものを作り続けることです。そうすれば、いつか認められますから。第二に、ここにしかないものを作っていくことです。新製品、特に時代にあった商品を作っていくことが大切です。オリジナリティは他店との差をつける上で非常に重要なことです。第三に、全国に発信していくことです。もちろん、TVコマーシャルなどは打てませんから、各地の百貨店で行われる催事・物産展にはマメに出店してきました。そうして認めていただいたお客様もたくさんいます。
Q インターネットによる発信は?
―これからは考えていかなければならない事だとは思っています。ただ、相手がわからない怖さがありますし、今までは味を知ってもらって買って頂いていたので、その点でどうかなと思っています。
Q 包装紙を始め、随所に伊賀へのこだわりを感じますが?
―包装紙は、もともと家紋である桔梗をあしらった紙包みだったのですが、『伊賀の菓子屋』であることをアピールしたいし、するべきだと思って、桔梗屋にあった『伊賀国名勝図』という本の伊賀の古地図を包装紙として使いました。また「釣月」というお菓子の名前は、芭蕉が処女句集である「貝おほひ」を書いた釣月軒から命名しました。これら伊賀へのこだわりは、もともとありましたが、濱邊会※に参加したことがそれをさらに確固たるものにしました。
Q 今後の伊賀の国づくりについて聞かせてください。
―伊賀産のものには地図をつけるなど場所を知ってもらい、全国に『伊賀』をアピールしていくことも大切ですが、まず、地元の人に『伊賀』を知ってもらうべきだと思います。伊賀には誇れるだけの歴史・文化があります。しかし、伊賀に住みながらそれを知らない人が多すぎます。学校でもっと伊賀についての様々な事を教える時間をつくり、伊賀に誇りを持てるような環境づくりが必要です。皆が身近なところにある大切なものに気付いていく事が伊賀の国づくりに最も大切な事だと思います。
※濱邊会・・・帝展、文展、日展を通じて7回の入選実績を持つ画家、濱邊萬吉氏を中心とした座談会。

慶長年間(1596〜1615)創業の老舗和菓子処 桔梗屋織居17代・中村英三氏(71)