| 社長インタビュー |
轄竚印房の坂口繁一社長
『スピード&リーズナブルをモットーに』
Q.この道に入ったきっかけは何ですか?
A.国鉄の分割民営化を機に、弟の勧めで弟が奈良でやっていた坂口印房を手伝うことになりました。それも、奈良で手伝うのではなく、工場を上野に移して上野の工場を任されました。そして、奈良の注文分をさばきながら、上野でも徐々に注文を受けるようになり、平成6年に奈良から独立することになったのです。
Q.印鑑の需要は?
A.膨大な数ではありませんが、それなりに注文は頂いています。個人の方の注文もありますが、多いのは会社印です。特に会社設立時に作られる印鑑が圧倒的に多いですね。しかし、最近は設立される会社が減ったので、需要も少し落ちています。その上、会社印にしても個人印にしても、注文される印鑑の単価が落ちてきています。
Q.PCの普及の影響は?A.仕事が速くなりました。印鑑、ゴム印にしても版下が簡単に作れるようになりました。それまでは写植印字といって、様々な字体が入っている一枚10万円ほどする版を買い、その中から字を選んでいく作業がありましたし、その中にない字は自ら作字しなければなりませんでした。それも印鑑用なので、当然逆字に作らなければなりませんから、この世界に入った時は、逆字を書く練習から始めました。さらに、版下を作るときは、割付計算という、面倒な計算もしなければなりませんでした。それらの手間がPCのおかげでなくなったので、仕事が速くなりました。
Q.ゴム印を始めたきっかけは何ですか?
A.奈良ではゴム印の注文が多く、奈良で受けたゴム印の版下を上野で焼いていました。そこで、ついでに上野でもゴム印の注文を受けるようになったところ、口コミで徐々に受注が増えてきたのです。上野でゴム印を自社で作っているのは弊社だけですので、受注から生産まで3日ほどで出来ます。ゴム印の版下は、40cm角ほどの板が埋まるだけの注文がないと版下を焼けないので、受注が増えているといっても上野だけの注文ではとても2、3日では出来ないのですが、奈良の注文とまとめて作っているので、回転が早く出来るのです。
Q,印刷を始めたのは?
A.印刷も受注できるようになれば、印鑑、ゴム印のお客様が、ついでに印刷も頼んでくれると思ったのです。印刷も請け負うといっても、外注していたのでは早く出来ないので、印刷機も購入し、どこよりも早く、安く出来るように努めています。これも徐々に受注が増えてきています。
Q.今年の一月には緑ヶ丘に支店を出しましたが?
A.山神の本社にも結構お客様は来て頂いているのですが、これからさらにお客様に来ていただくには、もっと行きやすいところに店があった方が良いと思ったからです。そして、受注から生産へより早く移れるように、印鑑、印刷の機械は緑ヶ丘店に移しました。名刺も55分で仕上げますし、葉書や封筒用の機械も入れました。そのせいか、緑ヶ丘店にもお客様がついてきています。
Q.今後の展望をお聞かせ下さい。
A.弊社が独立した後伸びることが出来たのは、バブル崩壊のおかげです。というのも、背に腹は変えられぬと、各企業が元々お付き合いのあったところより、安くできる弊社を選んでくれるようになったからです。そして、連動できる分野を増やし、お客様の手間を省くことにより、顧客を増やしてくることが出来ました。これからも、より早くより安くをモットーに、連動できる分野があれば増やしていき、お客様に満足してもらえるよう、努力していきたいですね。
| 坂口繁一(55)さん 上野市山神出身。昭和41年国鉄入社―同50年鉄道公安官―同62年退職―同63年奈良坂口印房入社―平成6年坂口印房設立 |